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帰郷~身に馴染む空気~
2007年12月02日 (日) | 編集 |
「こんなのが気になるんか?」
振り向くと物珍しそうに自分を眺める青年。
そして労るように優しく見つめる老婆。
伝えないといけない、その為にここまで来たのだから。
「あの、…この家の主さんに…会いたいんですけど…。ご在宅です…か?」
「…?用があるのは親戚の家なんやろ?うちには誰も知り合いはおらんと思うけど。」
と首を傾げながら青年が答えると、後ろでやりとりを聞いてきた老婆が口を開く。
「ご主人様はご不在でございます。お帰りは夜遅うになりはると…。」
「…それでは、伝言を頼みます…。今宵、月が出る頃に、彼岸から帰った娘が匣の中で待っています…と。」
言い終えたと同時に相手の反応を待たずに慌てて立ち去る。
後ろから青年が何か尋ねてきたが振り向かず、夢中で走る。
下駄がからんころんと音を立て、足に纏わり付く裾がやけに重く邪魔で。
門を出て狭い道に身を隠す。
「…どこ行ったんや?」
自分を探す青年の声が近くに聞こえて…。
その横を素知らぬ顔で通り抜ける。
青年の目には少し毛色の変わった猫が怯えたように歩き去る姿は映らなかったようだ。
逃げ出すように二人の前から立ち去った後、
どうしても老婆にはお礼が言いたくて、猫の姿で再び屋敷を訪れた。
もなかと一緒に屋敷を飛び出した時。老婆には猫の姿も見られていたので、
すぐに気付かれ、抱き締められた。
「よう、おかえりになられて、お元気そうで何よりでございます。」
苦しいと体を動かして腕からすり抜けようとすると、腕の力が弱まり、
そっと地面に下ろされる。
「そのお姿ではお話も出来ませんので…嫌やとは思いますけど…。
人目につかへん場所やし、あそこでお話でもしましょか。」
老婆が示すのは蔵の中。
羽織の中から束ねられた鍵を取り出し、鍵を一つ一つ開けていく。
がちゃんがちゃんと、音が鳴り響く。
いつも一人あの場にいた時は、この音が誰かが来た証だった。
今はそれさえも懐かしい。
あの感覚は自分の中では本当に過去のものになりつつあるのだと改めて思う。
雑然と家具や骨董品が入った木箱が並ぶ蔵の中を合間を縫うように進み、小さな木の格子戸に突き当たる。
また別の鍵を取り出して、かちんと今度は軽やかな音を立て鍵が外れる。
そこから短い階段を降り進んだ先、木格子が巡らされた小さな部屋。
燭台と布団と、床に散らばる一人遊び用の玩具。
何も変わらない。家を出た時のまま。
時間がそこだけ止まったよう。
猫の姿のまま部屋の中へ入ると肌に馴染む空気もあの頃のまま。
「おばあちゃん、ただいま…なんよ。」
猫変身を解いて呟けば
「おかえりなさいませ。」
と穏やかな柔らかい言葉。
出ていく時には『いってきます』と言えなかった。
ずっと心残りで、だから戻ったら必ず言おうと決めていた。
「ほんに、よう…お戻りになられて…。」
また別の鍵で部屋の格子戸を開くと、老婆は頭をそっと撫でて目を細めた。
懐かしい匂いに嬉しくなって背に手を回す。
小さい頃にも、よくこうして自分をあやしてくれた。
「おばあちゃん、ボク、ね。今、すごく幸せなんよ。ここにいる時は自分の事好きになれへんかったけど、今はちょっと好きになれそうなんよ。…この髪の色も、瞳の色も。」
背から手を離して元の髪の上に被ったウィッグを片手で外し、
もう片方の手で耳に揺れるピアスを撫でる。
「誕生日に初めておばあちゃんがくれたこれも、大事な宝物。ほんとにありがとうなんよ。」
「ほんに、お強うなられて…。そんな風に穏やかな笑顔を見るのは、初めてでございます。」
嬉しそうに笑う老婆を見て、自分も嬉しくなる。
聖雪ちゃんと円ちゃんと暮らすようになって、
更に穏やかに笑うようになったと、
つい最近友人に言われたのを思い出す。
自分が笑えるのはきっと、周りの人達のおかげ。
「たくさんたくさん、大好きな人達がいるんよ。ボクにいっぱいあったかい気持ちくれる優しい人達。それをね、言いに来たんよ。今、幸せやって事を、だからここで育ててくれてありがとうって。」
顔も知らない、声も知らない、その人に、ありがとうと。
そして自分が今こうして生きている事を伝えたい。
「左様でございますか…。安心致しました。あの後、どこでどのようにしていらっしゃるのか、婆は心配でなりませんで…。でも今日、こうして再びお顔を見れて、良うございました。」
「…うん、あの時はお礼も何も言えないでごめんなさいなんよ…。また会えてボクも嬉しいんよ。」
今どんな所で、自分がどんな風に生活しているのか。
家族が出来た事、大事な友達が出来た事。
学校に通っている事、今でもあの時の猫と一緒にいる事。
話し出すと時間は幾らあっても足りなくて、
気が付けば既に日は傾き辺りは薄暗い。
「そろそろ婆は夕餉の支度がございますので戻らなくては。今宵は冷えますので、どうかお風邪を召さないよう…。旦那様にお言葉伝えられますよう、婆はお祈りしております。」
「うん。頑張るんよ。おばあちゃん、ありがとうなんよ。」
笑って手を振ると老婆も同じような仕草で笑みを向ける。
足音が遠のいて、かちんと鍵の閉まる音がして、静寂が満ちる。
「あ、聞くの忘れたんよ…。あの人、お兄ちゃん、やったんかな…。」
ぽそりと呟いた言葉は誰にも届かず。
闇は徐々に広がり、空に星が輝き始める。
「もうすぐ…来て…くれるかな。」
そっと燭台に蝋燭を灯し、不安な心を落ち着ける。
心の中に描いた光景がすぐそこまで…。
出来る事は静かに目を閉じて、唯時間が過ぎるのを一人、昔の様に待つだけだった。
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